ルー・ハリソンの名曲 “ヴァリッド・トリオ”
一口に「現代音楽」といっても、実にさまざまな様式というか印象の異なる音楽があります。
そりゃそうですね、そもそも「現代音楽」というのは、現代の音楽のこと、つまり最近作られた音楽のことであって、この情報の満ち溢れた現代社会の中から生まれてくる音楽は、時代の多様性同様に実に様々な音楽があるのです。
「現代音楽はわかりにくい」という言葉をよく耳にしますが、決してそんなことはありません。むしろ私たちにとってとても身近な音楽、たとえば民謡とか民族音楽などに触発されて生まれてきた音楽などは、いわゆるワールドミュージックそのものなのか、それとも現代音楽の枠組みに入れていいのか、判断つかないくらいのものさえあります。一度聴いただけで、そのエキゾチックな曲調に魅了される素敵な曲ももたくさんあるのです。
そんな「現代音楽」の中で、現在私が声を大にしておススメしたい名曲が・・・
ルー・ハリソンの“ヴァリッド・トリオ”です。
ヴァリッドというのは、「いろいろな」という意味。
トリオというのは、ピアノ、ヴァイオリン、パーカッションの三重奏のこと。
つまり“いろいろな三重奏曲”という名の曲なのです。
1.グンディン
2.ボウル・ベル
3.哀歌
4.フラゴナールを讃えるロンド
5.舞曲
という5曲から構成され、どの曲も3分以内の合わせて11~12分程度の曲です。
本当にどの曲もそれぞれ特徴がある、魅力的な曲が並んでいます。
夕立が通り過ぎたあと遠くに雷鳴がかすかに聞こえる夕暮れ時・・・
そんなときにこの曲を聴けば、あなたの魂は確実にアジアのどこかの地へ旅立っていくことでしょう。
ルー・ハリソンはジョン・ケージと並ぶ実験的な現代作曲家として知られた人です。残念ながら2003年に亡くなっています。
彼は生涯にわたって世界の民族音楽の音律を用いた音楽を書いたそうで、CDで聴ける彼の比較的よく知られた曲の大半は、ジャワのガムランミュージックを素材(?)にした曲です。
そもそも私はガムラン・ミュージックがどんなものであるかを知ったのが、このルー・ハリソンの音楽と出会ってからなのです。アメリカ人が昔のハリウッド映画に登場するへんてこなサムライやゲイシャを観て日本人をイメージしてるみたいなものかもしれません。
しかしそれでも、アメリカ人はそれなりに東洋の神秘をしっかり感じて楽しんでいるわけです。私もルー・ハリソンが再構成してくれたガムランミュージックによって、神秘の島バリへ想いを巡らせている、というわけなのです。
バリの音楽に詳しい方がいらっしゃったら、本物のガムラン、ケチャなどについていろいろ教えていただきたいものです。
ルー・ハリソンの他の曲では、ガムラン楽器そのもので演奏される曲が多くあります。
この“ヴァリッド・トリオ”はピアノやヴァイオリンという西洋音楽の最も代表的な楽器を用いて、多分に口当たりの良い音楽に仕上げられているのだ思います。
それは、荒削りな素材をより普遍的な音楽の枠組みに取り込んで、世界に広く普及させるという役割がもあるといえるかもしれません。
とはいっても、この曲で使われるパーカッションは通常のコンサートホールでは、まずお目にかからないものが登場します。つまり西洋楽器と土着的な響きのする民族楽器の絡み合う面白さも味わえる曲なのです。
私のこの曲の所有CDはすべて輸入盤です(たぶん国内盤はないでしょうけど)。英語のライナーノートに書いてあることがすべて理解できないのですが、読み取れる範囲のことと私の感想で紹介していきましょう。
1.グンディン
グンディンとは調べてみたら、ガムラン音楽の用語で「楽曲」ということだそうです。「グンディン○○」「グンディン△△」といった使い方をして、訳すと「○○の曲」「△△の曲」といった感じです。つまり、これといった具体的な何かを描いたという曲ではなく、純粋に「曲」である、ということなのでしょうか。。。?
でもこの曲の冒頭はとっても素敵な始まり方ですよ。
静けさの中から聞こえてくる打楽器・・・ピアノのボディをゲンコツで軽く叩くような音が独特の効果を醸し出す前奏。とても印象的です。その後に入ってくる詠嘆的なヴァイオリンのメロディがとても美しい。
以前、蓼科高原の緑に囲まれた山荘で、朝靄が晴れていく風景を眺めながらこの曲を聴きました。そのときの思い出は、これまでの人生の中で「音楽と風景が一致した瞬間」のベスト3に入る瞬間だったかもしれません。
2.ボウル・ベル
初めて聴いた人は、きっと思わずニヤリとするでしょう。
ボウルって陶器のうつわ、つまり茶碗のことです。茶碗を大小いくつか並べて箸で盛大にキャンキョンキャンキョン叩いてます!ヴァイオリンも高いピチカートでピピピピンと打楽器のように加わってきます。クラシック音楽では決して聴くことのない響き。とても印象的で不思議なそしてユーモラスな曲です。
こんなに茶碗叩いたらお母さんに叱られちゃいそう~。
交響曲にたとえるなら、ここはスケルツォにあたる曲ですね。
3.哀歌
ヴァイオリンが切々とエレジーを奏でます。
ピアノは独特の音階でハープのようなアルペジオで伴奏します。パーカッションは始めはお休みでほぼ最後の和音のところでやっと登場。
交響曲にたとえたら、ここは緩叙楽章にあたる曲ですね。
4.フラゴナールを讃えるロンド
なんて雰囲気のある始まり方なんでしょう。
ロンドというのは古いフランスの舞曲の形式ですね。ですからフラゴナールというのはロココ時代の画家のフラゴナールのことを指しているようです。
全編の中で最もメロディアスで心惹かれる曲です。
フラゴナールの絵のもつ気品とか、描かれている人物の内面を映し出す表情の繊細さに惚れぼれとするような・・・そんな気持ちを表してるのでしょうか。
5.舞曲
終曲は早い踊りの曲です。
ピアノでウァイオリンそしてさまざまなパーカッションが、土着的な踊りのリズムと単純なメロディを絶妙に変化させながら繰り返して行きます。ウァイオリンは中間部でメロディを弾きますがここでもピチカートで打楽器的な扱いです。
パーカッションが変則的にアクセントをつけ始めると曲はますます佳境に入り、最後は「はい、これでおしまい!」といった感じで締めくくられます。
このエンディングを聴くたびに、私はいつも「ううむ・・・名曲だよなあ!」って心の中で叫んでしまうのです。
CDは、ディビッド・エイブルのヴァイオリン、ジュリー・スタインバーグのビアノ、ウィリアム・ワイナントのパーカッションという現代音楽のスペシャリストのトリオが録音したものが素晴らしいです。
彼らにはなんと87年と90年のどちらもスタジオ録音があり、どちらもNew Abilion レーベルです。86年の作品ですからたぶん彼が初演者で、87年のは初演直後の録音ではないでしょうか。
両方そっくりな演奏で、別々に聴いたら違いがわからないくらいです。しかし90年録音の方がより鮮明な録音だし、演奏もこなれているように感じます。
87年録音は LA KOLO SUTORO というタイトルのルー・ハリソンの作品集。
90年録音は SET OF FIVE という5タイトルのアルバムで、ジョンケージ、ヘンリー・カウウェル、アラン・ホヴァネス、佐藤聡明、そしてルー・ハリソンの曲を収めており、すべて彼らの演奏。よくこの楽器編成の曲を集めたのものだと思います。もしかしたら彼らのために書かれた曲も多いのかも。
実はこのアルバム、他の作曲家の曲もなかなかいい曲ばかりです。現代音楽の名盤といえましょう。
私は佐藤聡明の“Toki no Mon”と“ヴァリッド・トリオ”をよく続けて聴きます。
このアルバムを聴くことは、私にとってまさに「癒される時間」なのです。
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