シューベルトの未完成交響曲を聴いてみよう
その昔、「五大交響曲」と言われた時代がありました。
え?誰が決めたのかって?
誰でしょうねえ~。
西洋音楽が日本に入ってきた時代に、もっともっとこの素晴らしい音楽の世界を日本中に広めようと考えた教育者の誰かが、何かの書物の中で言い出したことかもしれません。
またはレコード業界が一つの新しい市場開拓のために言い出したことかもしれません。
詳しいことはよくわからないのですが、私がクラシック音楽に親しむようになった頃には、何しろ初心者は、まずは五大交響曲からクラシック音楽の道に入っていくものだと・・・そんな風潮というか、常套の手引きというか、お決まりコースのようなものがあったのです。
さて、その当時の5大交響曲とは・・・
モーツアルト交響曲第41番「ジュピター」
ベートーベン交響曲第5番「運命」
シューベルト交響曲第8番「未完成」(現在は第7番)
ドヴォルザーク交響曲第9番「新世界」
チャイコフスキー交響曲第6番「悲愴」
はは~、なるほど確かにどれも素晴らしい曲が並んでいますね~。
クラシックファンなら誰しも血沸き肉踊らせた想い出の曲が、この中にあるでしょう。
ところがしかし、改めてこの一覧を眺めてみると、「あれえ?そういえば最近この曲あまり聴いてないなあ~」という曲があることに気がつきませんか?
シューベルトの未完成交響曲
これって私だけ?
中には「いやいや大好きでよく聴きますよ~」と言う方もいるかもしれない。
でも私にはあまり聴く機会がなかったのです。
この文章も、たぶんそこそこのクラシックファンの人もあまり最近耳にしてないだろうな~、と思い込んで書いてるわけです。
そもそも、実際のオーケストラコンサートで、この曲を聴いたことある人ってどれくらいいらっしゃいますか?
正確に統計を取っているわけではありませんが、未完成交響曲がプログラムに取り上げられるのは、他の5大交響曲に比べて極端に少ないのではないでしょうか。
初心者向けの「名曲コンサート」と銘打たれたものでも、あまりないような気がします。
また、海外からの来日オーケストラがこの曲をプログラムに入れていた記憶というのが、私にはほとんどありません。
思い出せるのは、75年のベームとウィーンフィルによる、日本中を熱狂させたあの歴史に残る来日公演ぐらいかな?
では、なぜシューベルトの未完成交響曲は演奏回数が少ないのでしょうか。
そもそもクラシックに目覚めた頃の少年たちというのは、オーケストラのド派手な音響、壮大に盛り上がるクライマックス!などにシビレて虜になっていくのです。(私なんかまったくそれ)
オーケストラが奏でるクラシック音楽というものは、他のジャンルのポピュラーミュージックに比べると圧倒的に音量のダイナミックレンジが広い。大きく盛り上がる部分がある一方、静かに美しく歌いぬかれる部分や、または耳をダンボのようにして弱音に集中するような場面があって、そのあたりが少年少女の心をくすぐるのです。
そう意識してみると、上記の交響曲の名曲には、どれもそういう「落差」がはっきりと聴きとれるものばかりです。
ただし、シューベルトの未完成交響曲を除いては。。。
と、ここまで書いて気づきました。
あ、そうか、もともと交響曲ってそういうものかあ。曲調の異なる曲を有機的に組み合わせて作るのが一般的な交響曲です。つまり「変化」と「対比」と「関連」を楽しめるように作ってあるものなのですね。
しかもだいたいは4つの楽章で構成されているものがほとんどです。
ところが・・・未完成交響曲は、メロディに関してはことのほか美しいけれど、そういった「落差」を楽しむことができない、大音響で激しく盛り上がるようなカルタシスを得にくい曲なのです。
それがいま一つ地味な存在というか、コンサートでもあまり取り上げられなくて、他の曲にに比べたら(初心者には)人気が薄い交響曲なのだと・・・
そう述べようと思って書き始めていた今回のブログだったのですが・・・、ここで、よ~く考えてみたら、確かに「交響曲」とは称しているものの、これはいわゆる交響曲ではないんだということに気がついたのです。
まさに「未完成交響曲」。
初めっから「交響曲の形にはしてませんよ~」って言ってたんですね~。
通常交響曲を一曲聴き終えたときには「完結感」というか「到達感」のようなものを、私たちは感じています。
別にいつも意識しているわけではないけれど、「交響曲」と呼ばれる曲を聴いている時は、意識するしないにかかわらず、自然とその「完結感」「到達感」のようなものを求めながら聴いているように思います。
ちょっと前置きが長くなりましたが、つまり、シューベルトの未完成交響曲は、そういういわゆる交響曲らしい曲ではないのです。
だけど(ここが大切ですが)、こよなく美しい曲、なのです。
最近この曲を聴いてない方は、ぜひ改めて聴いてみてください。
もし貴方が、これまでのさまざまな人生経験によって「今の自分があるんだなあ」と思える年齢になられていたら、若いころよりもこの曲の美しさにきっと気づくことでしょう。
名曲といわれるものは「やっぱり名曲だなあ」と思えるだけのものがあったのです。(当たり前か?)
思いつめたような美しさ。
心の底に不安を抱きながら愛するとき切なさと焦燥感。
降りかかる悲劇が大きいほどヒロインの美しさが際立つような、そんな感覚にとらわれる不思議な曲なのです。
昨日・今日とバーンスタイン指揮ニューヨークフィルの演奏で聴きました。
バーンスタインのシューベルト?
クラシックマニアの人には以外に思われるかもしれませんけど、これがなかなかいいんですよ。この曲の本質を突いた演奏なんじゃないかなと思います。
60年代のこのコンビの録音ですから、アンサンブルはけっこう雑なところがあります。
しかしバーンスタイン特有の、ちょっとしたメロディにも血を通わせて、ひとつひとつのニュアンスを大切に表していく演奏の仕方が、「不安」と「陶酔」が同居するこのシューベルトの曲にとってもマッチしていると感じました。
音響の構築という点よりも、一つ一つの音形や語り口にこだわった演奏。それを克明に行うことで、やや病的とも言えるような複雑な心理の綾までもが表現されている、そんな演奏なのです。
ベームやカラヤン、古くはフルトヴェングラーやワルターの定番ともいえる名盤も、もちろんそれぞれ素晴らしいのですが、ぜひバーンスタイン・ニューヨークフィル盤を隠れた名盤として仲間に入れたいと思います。
ちなみにこのCDには第8番「グレート」がカップリングされています。
こちらはLPの時代に擦り切れるほど聴いた録音。
ニュアンスたっぷりのバーンスタイン、ちと荒いけど精一杯弾ききるニューヨークフィル。
これもなかなかの名盤だと思います。
特に有名なオーボエソロのある第二楽章の中間部トリオ部分の、なんともしみじみとした情感が漂うあたりが、私は大好きです。
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