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2008年8月

2008年8月10日 (日)

シンシナティ・ポップスの名盤“ポップス・プレイズ・プッチーニ”

オペラはちょっと苦手・・・というクラシックファンって意外といると思うんです。
でも少しくらいオペラを食わず嫌いな人でも、このCDを聴いたら、きっと「わあ~素敵なメロディだなあ~」と感激して「プッチーニのオペラちょっと聴いてみような・・・」と、新しい世界に足を踏みこむきっかけを手に入れられるんじゃないでしょうか。

またプッチーニのオペラを大好きな人にとっても、このCDは歓迎されるはず。
まず妙な編曲をしていないということ。つまりそれは原曲の雰囲気をほとんど損なわずに感じられるということです。本物の舞台から放出される濃厚なドラマ性やロマンチシズムには、もちろん及びません。ですがこの演奏には、オペラを味わう時に欠かせない「歌心」があります。随所に聴かれる管楽器のソロもよいのですが、メロディを歌う第一バイオリンをはじめとする弦楽器が歌の息遣いをよくとらえています。
指揮者もオケのメンバーも、ああ、この人たちはプッチーニが好きなんだな・・・そう感じられる演奏なのです。
ポップスオーケストラだと思って馬鹿にしてはいけませんよ。こうしたしっかりした演奏を続けているからこそ、ボストンポップスやシンシナティポップスは、アメリカで根強い人気を長年保ち続けているのでしょう。

オペラファンにもまたそうでもない人にも抵抗なく、あのかくも美しくも悲しいドラマの醍醐味を気軽に楽しめる貴重なアルバムだといえましょう。
いわゆる「歌詞のないオペラ」のアルバムは数多くあります。
その中でも私は、このCDは飛びっきりの名盤だと私は思います。

もしかすると現在日本盤は廃盤になっているかも。
もし再発されたり、輸入盤で見つけたら、即手に取りレジへ向かいましょう~。

日本語版の帯には確か、
“星は光りぬ ポップス・プレイズ・プッチーニ”
となっていたと思います。

演奏は、エリック・カンゼル指揮シンシナティポップスオーケストラ
収録曲は次のようです。

1. 「ジャンニ・スキッキ」~私のいとしいお父さん
2. 「トスカ」~妙なる調和
3. 同~どうして閉まってたの/世の中のどんな日が/僕の焼きもちやきやさん
4. 同~テ・デウム
5. 同~歌に生き,恋に生き
6. 同~星は光りぬ
7. 「トゥーランドット」~だれも寝てはならぬ
8. 「蝶々夫人」~さあ,あとひと足よ
9. 同~かわいがってくださいね
10. 同~ある晴れた日に
11. 同~ハミング・コーラス
12. 同~第3幕へのプレリュード
13. 「マノン・レスコー」~この柔らかなレースの中で
14. 「ボエーム」~冷たい手を
15. 同~私の名はミミ
16. 同~愛らしい乙女
17. 同~ムゼッタのワルツ「私が町を歩くとき」
18. 同~ここならあなたに会えると思ったわ
19. 同~みんな行ってしまったの

プッチーニファンなら上記のそれぞれの題名を読んだだけで、条件反射的についつい涙腺がゆるんでしまう人もいるのでは?
それくらいプッチーニのオペラの中でも特に人気の名場面、感動のアリアを選曲してあります。
私など第一曲目の「私のいとしいお父さん」の冒頭が耳に入ってきただけで、もうウルウルしてしる始末。。。smile

オペラは、日本人にとっては言葉の壁があってどうしてもなじめないという人が多いと思います。歌詞の意味がわからないから、オペラ歌手の発声法に違和感を感じてしまうのだと思います。中・高・大と学校で7年も8年も英語の授業を受けていながら、大半の人がいっこうにヒヤリングも会話もままならない日本ですから、これは仕方のないことかもしれません。
かくいうクラシックファンの私も、少年時代はオーケストラ一辺倒で、オペラは苦手でした。オペラのいくつかの序曲や前奏曲、間奏曲には親しんでいたももの、アリアを聴くなんてほとんどなかったのです。
ところが偶然にも学生時代に、某音楽大学の声楽科に通う女の子と親密につきあうことができ、日常的に間近でその歌声を聴く機会が持てました。練習室で歌声を聴くたびに「ああ、人間の歌声ってなんて素晴らしいんだろう!」と感じられ、その体験以来、比較的すんなりとオペラや声楽曲にも親しめるようになりました。
当然好きな女の子のことは何でも知りたくなるもの。彼女はいったいどんな意味の歌を歌ってるのだろう・・・そこで歌詞の日本語訳を読んでみたり、時には彼女にその意味を尋ねてみたり・・・。
恋愛というものは人の幅を広げるものなんだなと、こんなところからも気づくのです。

演奏は前述したとおりですが、テラークの肉厚でスケール感が豊かでありながら各楽器も鮮明に聞こえる名録音も素晴らしいです。

ところで、シンシナティポップスオーケストラというのは、アメリカのメジャーオーケストラの一つであるシンシナティ交響楽団(今をときめくパーヴォ・ヤルヴィが現在首席指揮者)が、ポップスコンサートを行う時の別名。その名称では1977年以来エリック・カンゼルが首席指揮者を務めています。
輸入盤に付いてるメンバー表を見るとわかるのですが、どちらの名称で演奏する時も、参加メンバーはほぼ同じ。ボストン交響楽団が首席奏者が抜けてボストンポップスオーケストラになるのとは、少々事情が違うようです。

ちなみに、当盤発売後しばらくして登場した「歌詞のないオペラ第二弾~ポップス・プレイズ・ヴェルディ」は、いまひとつプッチーニの時ほど歌心が感じられない演奏でした。
もしかすると演奏者側の要望で実現したプログラムと、人気盤の二番煎じとして制作側が要望してのプログラムとでは、どこかしら熱の入り方が違ってくるのかな・・・と。これはあくまで私見ですがね。

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2008年8月 5日 (火)

夏に聴きたいクラシック ~シベリウスの交響曲第6番~

暑い!うだるような暑さです。ままとわりつく暑さです。

昨日、出張で福岡・大阪とまわり東京に帰ってきました。
「もうどこに行っても日本中暑い!」これが実感です。。
博多駅の新幹線ホームで西日を背にしてのぞみ号の車内清掃を待っているときの、ジリジリとまるで自分がローストチキンになってオープンで焼かれているような熱気。
その記憶が、いまだに背中と首筋に残っています。

せめて夏は、涼しくなる音楽を聴いて、少しでも快適に過ごしたいものです。

そこで・・・シベリウスの交響曲

森と湖の国フィンランドの国民的作曲家シベリウスは、7曲の交響曲を残しました。
第1番、第2番は民族の血がたぎるような熱い音楽です。荒涼とした大地が広がる風景とその地に根付いて生きる人々の魂の激しい燃焼が聞こえる音楽でした。
第3番になると、その熱い人々の思いは薄らぎ、幽玄の田園風景と土着的な踊りが聞えます。
しかし第4番になると、シベリウスは一気に精神世界へ突入してし、謎に満ちた内省の世界をさまようような音楽になります。
第5番は一変してとても穏やかな気分に満ちた音楽です。ゆったり流れる時間と北欧の自然の大きさを感じます。そしてどこか祝典的な気分すらする曲です。
そして第6番と第7番。この2曲はほぼ同時に作曲が進められたといいます。どちらも北欧の幻想の国に迷い込んだような、そして厳しい自然の中で育まれた人間の崇高な精神が感じられるような音楽です。なんだか小難しい音楽のように書いてしまいましたが、決してどこにも近づきにくい雰囲気はなく、構えず自然体で臨めば、大自然の風景を眺めるように心の中にすーっと入ってくる音楽です。

シベリウスの交響曲は、そのどれもが珠玉の名曲ですが、私はここ数年、第6番の虜になっています。

冒頭のヴァイオリンを中心とした弦楽で奏される、あの繊細かつ清澄な響きを耳にしたとたん、確実に体感温度は2度は下がるでしょう。
一分ほどして現れる木管のソロや、そしてホルンの響き・・・せせらぎを間近に眺めるような弦楽の性急な刻み、その下に存在する大きく清らかな潮流・・・。

「シベリウスの音楽には、もはや人は存在しない。ただそこには厳しいフィンランドの自然の営みが広がっているだけだ。」そう解説した人がいました。
確かにその解釈もうなづけるような、一見とりとめもない展開が続くように思えます。
しかし、繰り返し聴いていると、そこに息づいている生命感に驚かされます。
シベリウスの瞳は、自然界の厳しい営みや変動を見つめながら、心は絶えず何かを自分に向って問いかけているような気がします。
自然をあるがままに受け止める時もあれば、自然の偉大さにちっぽけな存在である自分の胸を突かれて動揺することもあるのです。

私のとりわけ好きなその第4楽章は、少年時代のキュンと胸を締めつけるような初々しい感覚に満ちた音楽です。
今はもう失ってしまったかもしれない。だけど、いくつになっても思い出すことができる、あの頃のひたむきな心・・・

だけど、そんな「心の中の宝物」を描きながら、音楽は何の解決も見せぬまま、ふっ・・・と終わってしまいます。
やはり不思議な音楽だなあ・・・そんなふうに思って余韻に浸っていると、昼間の熱気で火照っていた体も、すっかり落ち着いている、というわけです。

現代のシベリウスの絶対的再現者ともいえる、パーヴォ・ベルグルンドが指揮した演奏はどれも素晴らしいのですが、中でもヘルシンキフィルハーモニーとの80年代に録音したものが、まるで透明でひんやりしたな空気を感じられ、共感豊かな響きが随所に聴かれます。
ヨーロッパ室内管弦楽団との90年代の透明な響きにも捨てがたい魅力があります。

ところで・・・
この曲を聴きながら、宮沢賢二の「銀河鉄道の夜」を読むと、まるでこの小説の劇音楽のように、ストーリーと音楽が、ぴたりと一致する。そう言った人がいました。
興味深い意見ですね。
私はまだ試したことはないのですが、体験された方がいらっしゃいましたら、ぜひご感想をお聞かせください。

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